かないまるの個室オーディオ 5)

技術解説
ダンプ剤を塗るとなぜツィーターが鳴るのか

開始 180121


実のところ今回のハーベスのレストア記はだれも再現しようがないので興味を持っていただけるか少し心配しています。でもソフトドームツイーターは実はダンプ剤が音を出しているという勉強ができましたので書いてみました。

しかしオフラインでこの話をしても「ダンプ剤を塗ると高域が出るのはイメージと合わない」という感想が飛んできます。そこで、高域が出る理由を技術解説しておきます。

1)ダンプ剤の挙動をみずあめで考える

ダンプ剤は一般的にはオーディオ機器の表面が部分的に変形するのを防止するのに使われます。つまり不要な鳴きの防止です。これが「高域を出なくする」という直感的理解を作っています。しかしダンプ剤は振動を伝える目的でも使えます。

制振のつもりで使ったのに剛体に見えたりしますので、オーディオ機器のチューニングでは挙動を深く考えて使う必要があります。ダンプ剤を防振一方で考えていると意外な音が出てしまうことがあるのです。

ダンプ剤は粘弾性体の一種ですが、「ダンプ剤」と呼ばれるものは弾性が小さく粘性が主体の物質です。

今回ツイーターに塗布したダンプ剤は乾燥しても硬くならないワニスで、やはり粘性主体の物質で、その挙動はみずあめによくにています。



水飴に箸を差し込んでかき回すことを想像してみてください。ゆっくりなら箸を動かすことができます。



ところが箸を速く動かそうとすると、みずあめは動かなくなり、硬く感じます。

ゆっくりした動きは低い周波数、速い動きは高い周波数に対応しますが、ダンプ剤の粘性は、高い周波数でものを動きにくくする性質を持っています。


2)制振材として粘性を考える

では粘性をもつ物質を、プラスチックや金属の板に塗った場合を考えます。



板材になにも処理をしないで板端を叩くように加振すると「鳴き」ます。面が変形して (分割振動をおこして) 高い周波数で変形するからです。

この板材にダンプ剤を塗るとどうなるでしょう。



ダンプ剤は速い動きに対しては硬いので、高い周波数で動くことができなくなります。つまり変形できなくなり、鳴きが止まります。

この固さを粘性といいますが、この固さの正体はダンプ剤を構成する物質が内部で互いにこすれて摩擦が起こるからです。摩擦により、流体が変形に抵抗するのです。

単に振幅が減るだけでなく、動きに対して摩擦が発生するので、振動エネルギーは熱に換わります。つまり振動は減衰します。この性質が「ダンプ」です。「内部ロス」と言われるものも同じです。

ダンプ剤の内部ロスはとても大きいので振動は成長せず、加振をやめると速やかに変形も止まります。


3) ツイーターがなぜ鳴るのか

ではダンプ剤を塗るとツイーターがなぜ鳴るのか。それは変形しないことで柔らかいものを高速で動かすことができるからです。



これはツイーターの模式図です。ボイスコイルが中央のドームを上下に動かそうとしています。今回のドームの素材は布製です。つまり非常に柔らかいものです。



ダンプ剤がない場合、布は柔らかいので、ボイスコイルで加振しても布は空気の抵抗に負けて簡単にひしゃげてしまいます。つまり音がほとんど出ません。



ではドームにダンプ剤を塗るととどうなるか。ダンプ剤は高い周波数では変形しにくい(硬い)ので、ドームは形状が変わりません。つまりボイスコイルの振動でドームはピストン運動をするようになります。これでドームは空気を押すことができるようになりますから音が出るというわけです。

また、粘性の正体は摩擦ですので、ドームは固さを獲得してもほとんど鳴きません。ドームの素材であるシルクやアセテートは結構固有音 (鳴き) を持っていますが、ダンプ剤はこの固有音も消してくれます。

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今回、ダンプ剤の原液を塗ると音が硬くなるという現象が起こりました。

これはダンプ剤のワニスとしての物性が聴こえたのでしょう。ワニスは粘性だけでなく弾性もありますので鳴きもあります。つまり固有音があります。

実はダンプ剤そのものの調合はもちろん、塗布量、塗布方法でダンプ剤自身の鳴きやドーム材料(たぶんシルク)の鳴きのバランスが変わります。ソフトドーム全盛時代は製品ごとに音色を調整したダンプ剤が調合され、塗布方法もいろいろ検討されたそうですね。それが音質チューンの一環だったわけです。

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ちなみにドームの中央を指で押すと、ダンプ剤を塗ってもドームは変形します。ドームの強度より指圧のほうが圧倒的に強いからと考えがちですが、ほんのそっと押してもドームの先端は凹みます。これは「指で押す」という行為が周波数が低いからです。

でもドームの先端を指で「トントン」と叩くと抵抗を感じます。ドームもあまり変形しないで動きます。これは「トントン」が高い周波数成分を含むためで、押した圧に対する抵抗感を指先の神経が感じ取るからです。

以上、ダンプ剤を塗ると高域が出る仕組みでした。


(補足)
ダンプ剤の代表格について触れておきましょう。



これです。ブチルテープ。

本来は人工芝の固定や水道管の防水などを用途とした両面粘着テープですが、ほぼ応力ゼロから粘性を発揮します。こういう制振剤はなかなかなくて、リニアリティーがよいので、一般に制振材は音が汚くなる傾向があるなか異例に音が良く、オーディオ用制振剤としてもよく使われています (発見者は故金子さんです)。

油で練ってあるのでゴムらしい弾性はほとんどありません。つまりほぼ粘性だけという物体です。

名称からブチルゴムだと思っている人が多いですが、実はこれ古タイヤを油で練ったものでゴムではありません。またゴム成分の組成もブチルゴムだけでなく、タイヤ用の複数のゴムが混合されたものです。

かないまるは2ミリ厚を好んで使います。1ミリ厚より効きがマイルドだからです (そうなる理由はまた今度)。

類似品もありますがスリオンテックのものしか使いません。2ミリ厚のものは以前は特殊材でしたが、現在は標準になったのか、アマゾンでも買えるようになっていますね。こういうのはいつ消えるかわからないので、買うなら今のうち?。





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