31)ダビングシアターでディレクターしてきました
先週一週間、SPEに出張してきました。ソニー・ピクチャーズエンタテインメント。ハリウッド有数の映画会社。なんてったってハリウッド5大メジャー映画会社の一つですからね。そこのスタジオを借りて、音の編集をするというのが今回の出張です。
国内向けではありませんので、残念ながらみなさんの目には(耳には)触れませんが、宣伝用のDVDの音をハリウッドで、映画と同じ作り方で作ることにしたのです。ダビングシアター(映画編集用の映画館)を借りて、ハリウッドのミクシングエンジニアを使い、私はディレクターさんです。
SPEにはいままで何度も出張し、ダビングシアターの音は熟知しているつもりですが、自分で音源制作をディレクトするのは初めてで、とてもエキサイティング、またすごく勉強にもなりました。
使ったダビングシアターは中型のものです。デジタルシネマサウンドのシネマスタジオA,Bモードのモデルになったダビングシアターはかなり大きな設備で現在SPEに4館ありますが、今回使ったシアターはそれよりはすこし小さいシアターです。中型といっても、横幅10メートル弱、前後は15メートル程度あり、天井高も7メートル近くありますから、日本だと立派な商用映画館のサイズですね。SPEにはこういう中型のダビングシアターがいくつもあります。
ところが日本には、ダビングシアターは本当に少ないし、映画の音を編集できる十分な広さを持ったスタジオもほとんどないそうです。
実は今回の音源は、日本のスタジオで音の素材制作と一応のプリミックスをしたんですが、そのときに使った編集室は日本では有数の設備です。しかしそれはダビングシアターとは全くスケールの違う小さな空間で、映画館で上映される音を効果的に編集するのは不可能です。
今回ハリウッドでの編集するのは宣伝用のDVDですが、中身はデジタルシネマサウンドの説明です。ハリウッド映画館の音場を家庭で再現する、それがデジタルシネマサウンドのコンセプトですから、ついている音が映画的でないと説明になりません。そこでハリウッドでのミックスを希望。実現したのが今回の出張というわけです。予算オーバーもいいとこなんですが、私に監修させたのがそもそも失敗なのだ(^_^;)。
さて編集は日本でプリミックスしたものをハリウッドのミキサーさんに聴いてもらうところから始めたのですが、ダビングシアターで音を出した瞬間、まずは「おっ」という感じ。そもそも部屋の響きが日本と全然違います。でも映画的かというとそうでもない。
というようなことを考えながら聴いていたんですが、ふと気づくと音がどんどん変わっている。ミキサーさんの手を見ると、おー、なんと調整卓の上のつまみをいじってる。一回目はこちらでミックスしたものを聴いてもらい、ミーティングして意図をわかってもらって、作業はそれからというつもりだったんですが、そんなのははじめの数秒で理解してしまい、もう仕事にはいっているわけ。本職は手が早い。
で、とりあえず一回見終わったあと「ハリウッド映画的な音にしたいので力を借りにきました」とコンセプトを説明。それなら任せておけ、ということで本編集に突入。で、ここからがすごかった。なにか希望を出すと、必ずなおしてくれるんです。日本の編集の段階で気になっているところを「こうなおして」とどんどんリクエスト。もちろん日本でのミックスは仮ミックスというやつで、決して追い込んだものでなかったんですが、私の修正要求はかなり過激で(あ、私はそうは思ってないんですが)、同行した制作会社の人たちは「そんなこと頼んでいいの?」とか「それは無理でしょう」いう感じでした。ところが、ハリウッドミキサーは「シュアー」といって、どんどん実現しちゃいます。
私もそれなりに映画的な音は知っているつもりなので、もともと無理な注文はしていないつもりですが、あまりの対応のよさとダビングシアターという箱の魔力に、ほとんどトリップ状態になっちゃいました。
それと感心するのは、彼らは本当に熱心でよい仕事をします。細かい修正も、彼らが気に入るまで何度も直します。基本的にその時点でかなりよくなっており、日本人的には職人仕事にはNGを出しにくいところですが、私は仕事柄、気になることは全部指摘する主義なので、思わず言ってしまう。
日本的にはいや〜な雰囲気が漂うことを恐れるところですね。素人が本職に注文を出すなんて恐れ多いわけです。また、作業者の能力の限界に行ってると治らないことも多い。なにかいじらせると壊れちゃうというか。
ところがハリウッドは全然雰囲気が違う。たいがいのことは、これまた「シャー」ってなもんで、皮肉ひとついうでもなく、さくさくと音を作り直してくれる。で、またどんどん変わるんですね。懐が深いというか、非常に幅広い音をつけられるんです。彼らは。
もちろん私は映画づくりはやったことのない素人ですから、ときとして出ている音が映画的ではないとわかっても、どうなおしたら映画的になるかわからないことがあります。つまり指示が出せない。その場合は「映画ではどうしますか」とか、「映画的なところに落としてみてください」とミキサーさんにおまかせすることが何度もありました。
するとまたすごいんですね。数回プレイバックするうちに、なるほど映画的になる。ダビングシアターで聴いているのにリビングみたいな音だったプリミックスが、あっと言う間に映画館で聴いているような音場に変わるんです。OKを出すと彼らもうれしそうに「朝飯前よ!」。
今回の制作は、素材の音源が日本製であることなど制約も多く、最終的に100%ハリウッドの音というわけには残念ながらなっていないと思います。ミキサーに頼んでも治せない部分もありました。しかしそれは使える音源が揃っていないというようなケースで、これは時間の都合というやつですね。それでも、響きも音場も99%はハリウッド的なものができたと思います。すごいねえ。
というわけで、いままでAVアンプの設計という、映画の世界とは少し外の側から勉強していた映画の世界に、今回は実際の編集作業を通じて一歩深く踏み込めました。なので今回の出張はすごく勉強になりました。いままでアンクリアだったことがたくさんクリアにもなりました。見学し話を聞くのと、実際にやってみるのとはずいぶん違うものですからね。
日本では望めない設備。陽気でフレキシブルで才能のあるミキサーさん。それをバックアップするたくさんの裏方エンジニアさん(の話は書き切れませんが…)。ハリウッド映画のヒミツにどっぷりと浸かったエキサイティングな一週間でした。
(2001/07/20)
|
|