音匠仕様はなぜ音がいいか


初稿080619
更新081230


「音匠仕様」がなぜ音がいいのかについて解説します。まず今回の盤と旧盤を比較してみましょう。



これはオールナイトロングの初回プレス盤 (2002年発売、SA-CD単盤) です。表面はクリアコートでレーベル色はありません。いわゆる「プルーフ盤的仕様」です。

プルーフ盤というのは、SA-CDやCDの金型でプレスを行うに当たって、最初にテストプレスする盤のことを言います。少ないと20〜30枚。多くても100枚しかプレスしません。金型がまっさらでピットがきれいなので音がよいとされていますが、レーベル印刷が何も無いことも音がよい理由とされています。

したがってクリアレーベルを採用している場合は、何かしらプルーフ盤の良さを量産盤に活かそうとしていると考えてよいと思います。



じゃん。これが今回の「音匠仕様」です。なかなかかっこいい。この緑が音匠の音匠たる所以で、ディスク内に散乱するレーザの赤色を吸収します。

では散乱光を吸収するとなぜ音がよくなるのか。

ディスクには素材 (通常はポリカーボネート) 特有の振動モードがあります。ディスクの中には赤色レーザ光が散乱していますが、この散乱した光の一部は、は、レーザ信号がピットを読み出す本来のデータ光信号に常に混合されてしまいます。つまり読み出された信号は「ピット情報波形+散乱光によりノイズ」なのです。

この散乱光はディスク内を何度も反射しているものなので、ディスクが振動して変形すると、その明るさが:時々刻々と変化します。振動はディスクの機械的な変形なので、ディスクの面の角度が変化していることを意味します。散乱光の反射の状況も、この角度の変化、つまり振動に応じて変わるのです。

この振動の影響は、デジタル信号の数値データの読み出しには全く影響を与えません。読みだしたデータ波形に多少の曇りがあっても、ある一定レベルでハイ・ローで切り分けた信号が逆転するわけではありませんし、また多少エラーがあっても、通常範囲のエラーは訂正されて正しい値になる仕組みになっています。そもそもCDの規格であるレッドブックには、訂正できないエラー量が発生してはいけないことになっていますから、エラーは発生しても完全に訂正されて、事実上ゼロとなります。つまり記録したデータは数値データ的には完全に取り出されます。

では何が変わるかというと、読み出した光学信号をアナログ的に扱うサーボ系のノイズや駆動電力の状況が妨害されるのです。

たとえば散乱光が強くなれば、波形は全体が持ち上がり、全体的に少し速く規定の光量に達します。ここで読み出し信号はデジタル的には0から1に変化したことになります。問題はその変化点が時間軸が前にずれることにあります。なぜなら、これをサーボ系からみると、なんとディスクが速く回転したのと同じように見えるからです。散乱光が減れば逆になります。つまり遅く回転しているように見えるのです。

(以下080723追記)
このデジタル的な0から1、1から0の変化点を「波形のエッジ」と呼びますが、電子回路はこのエッジを作るために、瞬間的に大きな電流を消費します。したがってエッジ位置には、電源やグラウンドに必ずパルスノイズが発生します。このノイズパルスは電源やグラウンドを伝わって、最終的にはD/Aコンバータの時間軸を作っているマスタークロックに突き刺さります。

ここでマスタークロックがローレベルのときやハイレベルのときにノイズが突き刺さってもなにも起こりませんが、マスタークロックのエッジにこのノイズが突き刺さると、エッジが早くなったり遅くなったりするように見えてしまいます。たとえば0から1に変化するエッジに上に凸のノイズが刺さると、0から1への変化が早く起こったのと同じことになるわけです。

そうなると、DAコンバータの出力のオーディオ信号が、時間的に前後に揺れてしまいます。これはカセットテープの走行系が不安定で変調ノイズが発生した場合によく似ていて、音を変化させます。しかもこの場合原因が振動なので、スピーカからの音圧による影響を反映していて、音にキャラクターを発生させてしまうのです。

デジタルオーディオインターフェイスを使って独立型のDAコンバータを使えばこの影響がなくなるかというと、そんな甘いものではありません。インタフェイスはクロックも送信していますが、そのクロックが送信される時点で揺れてしまうので、その影響は受信側のDAコンバータでも聴こえてしまうのです。
(以上080723追記)

さて、この読み出された光学波形はデジタルデータとして音楽情報を取り出すのに使われますが、同時にディスクの回転速度の情報としても使われます。ディスクは本来一定の速度で回転していなければいけませんが、それはエッジがある一定の時間の繰り返し周期に乗っていなければいけないことを意味します。

CDやSA-CDのディスクは、内周と外周ではほぼ二倍の回転数差がありますが、すくなくとも一周する間に速度は変わるものではありません。もし一回転の間に回転数が変化すると、サーボ回路は、遅く回転しているように見えればそれを修正しようとして回転を加速します。早く回転しているように見えればブレーキをかけるような電流を流します。

(以下080723追記)
実際、CDがきちんと回転軸に取り付けられていないで偏心していると、一回転の間に一回の割合で加速と減速が起こります。偏心は多少はあるので、この加減速は必ず存在しています。しかしこの加減速は、CDの回転数と同一で、可聴帯域より低い周波数になっていて、本来はあまり害のない成分です。
(以上080723追記)

ところが、振動の影響でエッジが前後に動くと、可聴帯域でこの速度エラーに見える成分が発生し、それを修正しようとして加減速電流がモータに注入されてしまうのです。もちろん本来は必要のない帯域なのでフィルタで利得は絞られていますが、影響は皆無にはできません。

よくないことにエッジの移動はもともとは振動の影響を受けたものです。なので流れ込む電流も振動を反映しています。そしてこの電流は電源やグラウンドに流れ、無駄な電位差を基準グラウンドに発生させたり、電磁波を発生させたりしますか、それがディスクの振動と強い相関を持っていることがまた問題なのです。

このような、主に二つの経路で振動によりディスク内の散乱光の明滅が変化すした影響は回路に流れ込み、音質を変化させます。つまり「素材=ポリカの音」が入り込む余地がここにあるのです。

では音匠はなぜ音質がいいか。もうわかりますね。音匠の緑は、この散乱光を非常によく吸収します。したがってディスクが振動しても、その影響がサーボ系に入ることが防止されるのです。だからディスクの固有音がほとんど消えます。スタジオで編集しているときとそっくりな音がディスクから聴けるのは、そういうわけなのです。



他のアプローチについて

なお従来からボリカを別の樹脂に置き換えることで音質を良くしようという試みが存在します。最近は音匠に刺激されたのか、いくつかのネーミングのものが登場しています。これらはディスクの強度を変えたり、ピットをきれいに作ったり、光の透過度を上げたりすることで物理的状態を光学ディスクの理想に近付けようというアプローチです。

しかしまず根本的に散乱光がなくなるわけではありません。ピットが存在する限り、樹脂をどうしようが、ピットをきれいに作ろうが、ピットのところで光は散乱するのです(散乱するから光量が変わり、それがLoの信号とみなされることでデジタル記録が成立しているのですからこれは当然です)。

樹脂等を変えた結果、ディスクの振動の f0、Q、振幅は変わりますが、散乱光の総量は全く変化しません。したがってポリカの代わりに別の樹脂や反射面のメッキの音が聴こえることになります。

方法論としての存在価値は否定はしませんが、かないまるはCDプレーヤの設計者として強い懸念を表明しておきます。それはCDプレーヤは標準のポリカの振動特性にあわせて特性が調整されているということです。戻り光量を増やすことは理論的には理想的です。しかしフォーカスサーボ、トラッキングサーボ、RFサーボの各特性が設計中心からずれてしまいます。一般的には戻り光が増えると利得があがり、サーボ帯域が広がるので音質は硬くなります。

実際かないまるは最近出ているSHM-CDやHQ-CDの音も聴きましたが、はっきり言ってこんな音は好きではありません。明らかに音のチューニングがずれていて音質以前だと思います。

ポリカという素材はCDプレーヤを構成するメカ部品の一部なのです。それを変えてしまうと、CDプレーヤの作り手がその機会に盛りこんだ芸術性が壊れてしまうおそれがあります。変えていけないとはいいませんが、どうかキャラクター商品は出さないで欲しいと思うのです。これは命懸けでCDプレーヤを設計してきたものからのお願いです。

なお、ポリカ以外の材質に共通して言えることは、工業生産的に特殊になるためコストアップ要因となり、生まれてもいつのまにか消える歴史を繰り返しています。その点において新素材系のアプローチは「Lカセット」的な側面を持ちます。

音匠は製造工程は通常ディスクと同じです。特殊インクをレーベルの代わりに使うだけです。もちろんインクは音質チューニングされていますし、実は作るのはやや難しいものです。したがって単なる印刷インクよりは高額です。しかし製造原価が目に見えて高くなる (たとえば倍になる) とかいうようなものではありません。

ですので「音匠仕様」はみなさんに支持していただければ、必ず普及します。是非応援をお願いします。まずは5枚のうち持っているものがあったら買ってみてください。聴きくらべてみてください。そして良いと思ったら、ご自身のブログに書き込んだり、友人に話したりして、その良さを広めていただければと思います。

この5枚は、CDの音がよくなる起爆剤になりうるんです。


プルーフ盤とどっちがいいか

結論からいって、音匠仕様の圧勝です。全然比較になりません。

camomile Best Audioは、量産前に数曲を選んでマスタリングを行い、テストプレスまで実施しています。このときのプレスは少量生産なので、商品のSA-CDでいうと、プルーフ盤だけ作った感じです。

そして一度にプレスしたものから、なにも塗布しないもの (つまりプルーフ盤そのもの) と、緑コーティングを塗布した音匠仕様を作り比較しました。

その結果、音匠仕様のディスクからはミックスしているときの音そのものが聴けました。ミックスをした試聴室でミックスに使ったアンプとスピーカで確認したのですが、その音の類似度にはかなりびっくりしました。しかしプルーフ仕様はそうではありませんでした。悪くはありませんが、やはりディスクの音でした。つまり音匠仕様は原音忠実であるといえるのです。

次にかないまるは、camomile Best Audioの商品のプルーフ盤も所有しています (この商品のプロデューサの一人ですから当然です)。一般に商品を作るとプルーフ盤より音質が悪くなると言われているようですね。しかし、音匠仕様を施した製品盤は、プルーフ盤より格段によい音がしています。みなさんはその音を普通の値段で買えるのです。

このようなわけで、プルーフ盤信仰は、かないまるの中では完全に終わっています。これからは音匠仕様こそが高音質仕様と言われるべきです。


「音匠仕様」が正式仕様になります

さて、かないまるがcamomile Best Audioにこの処理を施してもらった時点では、まだこのインクは「音匠DAD-R用の特殊インク」でした。SA-CD作品である「camomile Best Audio」に塗布したのは例外中の例外だったのです。

というのも、DVD-RとSA-CDは製造している工場が違うのです。そのため最初は、ディスクのプレスと緑コーティングを200キロ以上も離れた別の工場で行うという状態でした。

それでもかないまるの強い希望に、製造部隊が信じられないほどの協力をしてくれたことにより、音匠の緑インクを商品のSA-CDに塗布して発売することができました。この過程では、緑コーティングの音の良さにほれ込んだポニーキャニオンの溜プロデューサさんの情熱も関係しています。 「いい音のSA-CDを出したい」。関係したすべての人の思いで、すべてが動いたのです。

しかし、そうは言っても、ではたとえば他のSA-CDを音匠仕様で受注できるかというと、そうは簡単ではありません。量産を受け入れるには例外過ぎたのです。

それから半年。ソニー・ミュージックマニファクチャリングでは、この仕様の量産受け入れ態勢が整ったそうです。ソニー・ミュージックコミュニケーションは音匠仕様を受注することができるそうです。仕様は、

となります。塗布はスクリーン印刷なのである程度デザインすることができます。今回の5タイトルは音楽情報のない外周を抜いて新選なイメージをうまく出していますね。

別の色を緑の上にベタに塗るのは、実験の結果では音匠特殊インクの良さがスポイルされてよくないです。ですので、いまのところ「音匠仕様=緑色盤面」となります。




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