川端隆史さんのストリンギングを拝見しました。
初稿 130223
更新 130427
かないまるが週に一回通っているニッケコルトン・テニススクールは、ニッケが経営しているだけあって企画力があり、ときどき有名ストリンガーさんが実演をしに来てくれます。いままでヨネックスの山森さんほか、海外メーカ(バボラだったと思います)のマシンでも実演を拝見し、参考になっています。
今日は、ガット張りセールの目玉企画として、ロンドンオリンピックの公式ストリンガー (総勢十人、日本人二人で構成)の一人である
川端隆史さんが実演してくださいました。川端さんはオリンピックでは錦織選手のラケットも張ったそうです。当日の注文をその場で張ってもらうという趣向です。
マシンの近くをうろうろしながらいろいろお話しをうかがいましたが、ものすごく役に立ちましたのでメモを作っておきたいと思います。
・マシン
川端さんがヨネックスの契約ストリンガーさんということで、同社の「プロテック8」というマシンが来ていました (
製造は東洋造機)。営業さんらしき方によると価格は100万円弱とのこと。まあ、買えないですが…。
許可をもらってあちこち触らせていただきましたが、強度と加工精度が無茶苦茶高くて、クランプベースを固定するとクランプは0.1〜0.2ミリ程度しか動かなくなります。つまりクランプ時のガタが事実上ないんですね。クランプしたあとはなにも考えないでクランプベースのレバーを動かせば、テンションが完全に維持されます。川端さんも「
機械がいいと、そのへんをなにも考えなくていいので、張り時間が短くなる」とおっしゃっていました。
かないまるの使うようなマシンはガタがあるので、必ず毎回ガタを引き方向に寄せてガタをとってからクランプベースのレバーをまわさないとなりません。それをやらないとテンションロスが最大で5ポンド発生。それも毎回違うという状況になりますので、丁寧にやる必要がありますが、川端さんは一切気にせずサクサクとレバーを締めてしまいました。羨ましい。
ちなみにこのマシンは、同じくヨネックス所属の有名ストリンガーでる山森さんが細かく指導した作品だそうで、高い完成度を感じました。
実は山森さんのストリンギングもコルトンで実現を拝見したことがあります。そのとき神業のようなピックアップを観ました。一方で張り時間は短くなくて、よく言われる 「できれば20分以内、長くても30分以内に張るべき」なんていうのは、全く正しくないんだなと安心したりもしました。
V型形状(パックマン形状)のサイドサポートも、爪で押すと凹みを感じる硬質ゴム製。ビリヤードは平面ではなく、上下の中央がへこんだ凹面になっています。どちらもラケットを傷つけない配慮と理解しました。
最近かないまるはマシンを張名人「ディアナSP2」に買い換えましたが、付属しているV型サポート(パックマンサポート)の内側が硬い樹脂でできています。これは張名人「NEON-CX21」のときもそうで、ラケットに当たる角度によってはラケットが傷付きます。張名人は安価でいいマシンですが、サイドサポートは分銅式時代から使っているK型クランプをイグナスから取りよせて交換しました(モトが台湾メーカなので、このクラスのストリングマシンは部品にかなりの互換性があるんです)。
テーブルの回転止めも具合がいいですね。レバーを引くとかなり大がかりなディスクブレーキが作動して、現在位置でラケットの回転をスっと止めてくれます。安価なマシンは歯車のかみ合いや、軸に作った凹にロッドを挿入することで回転を止めますが、角度が飛び飛びで使いにくい。なので連続的にどこでも止まる方式はとてもうらやましいです。
・ラケットの装着
上述のようにビリヤードの内側が凹面になっていますので、ラケットはまずビリヤードだけで支えることができます。その後サイドサポートを当てるという順序で川端さんは装着していました。
サイドサポートアームの開閉も、ネジ押し方式ではなくて、手で閉じてレバーで固定するというもの。したがってサイドサポートはラケットをほぼ全く変形させません。川端さんはサイドサポートを閉じたあと、ビリヤードネジをもどして軽く閉めなおす動作をして、6点全部が締まりすぎていないことを確認していました。
その一カ月ほど前でしたか、違う某社のガット張りセールがありました。そういうときもお客さんの前でデモで張っていますが、サイドアームを完全にフレームに当てないで(Vサポートとフレームの間にスキマのある状態で)メインを張りはじめてしまうのを目撃してしまいました。クロスを張る直前に「おっと…」とかいいながらサイドアーム締めなおしていましたが、あのラケット、飛ばないでしょうね。
・張りパターン
川端さんの張りパターンはATWの変形でした。メインを張り終わったらショートサイドのクロスを一本だけ張り、スターティングクランプで維持 (原理的にはタイオフしてもよい)。そのあとロングサイドをATWして、クロスはトップから張り下ろしていました。
この改良ATW方式は、
の二つの理由で打球のホールド感がよいそうです。現在もっともよく使われているのはなんといってもゴーセン張りでしょうが「ゴーセン張りよりは明らかに優れている」そうで、世界的にはこれが現在の主流になりつつあるそうです。
もちろんプロの選手はメインとクロスが違うハイブリッドが主流ですが、この場合もクロスは上から下に向かって張るのが主流だそうです。下から上に張るストリンガーもなかにはいるそうですが少数派だとか。またクロスを中央から張る人はまずいないそうです。
・ショートサイドの長さ
ラケット5本分。トップから一往復通してから4本分でとっていました。ATWがメインに回るので、通常より短くとっていました。
・スターティング
スターティングはごく普通。つまり二本引きしてロングサイドのスロート側をクランプ。フレーム外にスターティングクランプです。
そうそう。スターティングクランプとフレームの間に入れる当て皮が、スターティングクランプの側面に貼り付けてありました。素晴らしいアイデア。
・メインの張り順。
張り順は、ショートサイドを一往復 (二本)。ロングサイドを三本。あとは一本ずつ交互です。これは最近のかないまると同じ。
・クランプ強さ
これはかなり強めで、マルチストリングがはっきりと白化する強度にしていました。
白化は、マルチストリングの繊維間の結合が崩れる (ウレタンなどの結合用樹脂に気泡が入る) ことで起こりますが、ストリング性能には影響がないとされています。しかし実際に白化させてしまうのは躊躇するもので、こういう一流の方が白化させてクランプしているのを見ると、今後安心して締めつけることができますね。
・クロスへの推移
上述のように、メインのショートサイドの最終をスロートに下ろさないで、一本前でクロスに回してSC (ここでタイオフする人もいるそうですが、川端さんは保険をかけてSCだそうです)。
ロングサイドは最終メインをまずスロートに下ろします。ここでトップのクロスの次のホールから「1、2、3…」と数を数え、スロート側のクロスを通します。
次にショートサイド側のメインでトップに上げて、トップ側のクロスを通します。プリレーシングしてからクロスを引き、あとは繰り返し。プリレーシングはストリングの大半を引き、マシン引き分だけ残すようにしていました。
・クロスの引き方
川端さんのクロスの引き方は、ピックアップでもヘビでもありませんでした。クロスの先端から30センチくらいのところをU字状にメインに通し、このU字の頂点を両手の指でたぐっていました。最終のクロスだけはスキマがないので普通のピックアップでした。
・途中の目なおし
クロスは基本的に一本張るごとに、その一本前の目をオウルでなおし、今張ったクロスもできる限りなおしていました。またトップから1/3強張ったところで、メインの目をなおしていました。メインの目はあと一回なおしましたが、かないまるのように毎回はなおしていませんでした。これもマシン性能が絡んでいるよう気がします。
・クロステンション
特に指定がない限り、メインとクロスは同じテンションで張るそうです。
・タイオフ
クロスの最終はテンションを20%上げるそうです。一般的には10%のようですが、かないまるの検討では10%では足りませんので、これは合点が行きます。
タイオフホールにストリングを通したら、川端さんはそこに目打ちをしていました。緩むのが怖いそうで、ホールが太すぎてキリが締まらない場合をのぞいて必ずやるそうです。
タイオフホールはかないまるの大好きなダブルノットでした。ここで一個目のループをかなり小さく作り、二個目を大きく作っていました。同じようにしてみたところ、最初のループを閉じるときに引くストリングがわかりやすくて具合がいいです。
最後にショートサイドのSCを外してタイオフして張りは完了。
・最後の目なおし
川端さんの目は張りっぱなしでも相当綺麗ですが、それをさらにオウルでたたいて、きわめて細かく枡目を出していました。「たたいた方がよいのですか」とお聞きしたら、「もちろんたたかないで綺麗に枡目が出れば叩かないほうがよいと思うが、どうしても枡目はきちんと出したいので」とのことでした。
結局ほとんど全てのクロスと、大半のメインを叩いてからストリングマシンから外し、指でさらに微修正をしていました。一流選手が使うラケットの目はアップになってもとても綺麗ですが、ストリンガーさんのきめ細かい技術が生み出しているんですね。
・張り時間について
張り時間が長いとラケットが痛むかという質問をしたところ、「速いに越したことはないだろう。ていねいに張るのが悪いとは思わないが、ただしメインを張ってから一時間も放置してからクロスを張るようなことは、ラケットに力がかかり続けるので避けるべき」とのことでした。
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川端さんのストリンギングは、丁寧で速いという感じですが、そのバックには優秀なストリングマシンがあることもよく分かりました。川端さんが「マシンがいいと張り時間が確実に短くなります」とおっしゃっていたのが印象的です。
なお、川端さんはバドミントンは張ったことがあるそうですが、スカッシュラケットに関しては全く経験がないそうです。話が出たら、逆にいろいろ質問されてしまいました。
それから張っている途中でのテンションロス対策(フレームの引っ掛かりの処理)も特にやっていませんでした。ストリングマシンが勝手にやっているのかもしれません。
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